デジタル人民元が示す本当の目的 – 通貨覇権ではなく、グローバル決済インフラの再編
中国が推進するデジタル人民元(e-CNY)は、もはや単なる決済実験の段階を超え、世界最大規模の中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency, CBDC)プロジェクトとして評価されている。2025年末時点で、累計取引件数は約34億件、取引総額は約3,300兆ウォンに達し、2023年比で800%以上の急成長を遂げた。
重要なのは、この成長が一部地域やイベント限定ではなく、全国規模で進んでいる点だ。交通費、公共料金、小売決済、政府補助金の支給など、生活インフラ全体に浸透し、デジタル人民元は中国国内のデジタル決済基盤の中核になりつつある。
国境を越える決済インフラ「mBridge」が示す構造変化
デジタル人民元戦略の核心は、国境を越えた決済構造にある。複数国のCBDCを接続する Project mBridge では、すでに累計4,000件を超える国際取引が処理され、決済規模は約2.3兆USDに拡大した。その約95%をデジタル人民元が占めている点は、象徴的な変化と言える。
従来の国際送金は、複数の中継銀行を経由することで高コスト・遅延・不透明性という課題を抱えてきた。一方、CBDCを活用した決済は即時処理、コスト削減、取引の可視化を可能にし、グローバル金融の「決済インフラ(Plumbing)」そのものを近代化しつつある。
ドル代替ではなく、現実的な戦略的回避
一部では「ドル覇権への挑戦」と捉えられがちだが、中国のアプローチはより現実的だ。ドルの優位性は、厚みのある資本市場、法制度の安定性、国際的な信認に支えられており、技術だけで短期間に代替できるものではない。
中国は通貨の国際化を急進的に進めるのではなく、実際の利用シーン(ユースケース)を通じて存在感を高める 段階的戦略を選択している。デジタル決済インフラを提供することで、貿易相手国や金融機関に新たな選択肢を与え、既存システムと共存可能な枠組みを構築している。
新興国と投資家への示唆
新興国にとって、デジタル人民元を基盤とする決済プラットフォームは実利的な恩恵をもたらす。高額な送金コスト、ドル流動性への依存、限定的な国際金融アクセスは長年の構造問題だった。CBDCは、貿易金融や地域間商取引においてコスト削減と効率化を可能にする。
一方で、データガバナンス、プライバシー、規制調和といった新たな課題も浮上する。デジタル通貨はコードとインフラに権限が集中するため、制度設計と監督体制の重要性はこれまで以上に高まる。
投資家の視点では、通貨そのものよりも「決済インフラ」「金融IT」「トークン化資産」「RegTech(規制対応技術)」に注目すべき局面 だ。決済構造が変わるほど、それを支える技術やプラットフォームの戦略的価値は高まる。
静かに進む金融秩序のシフト
デジタル人民元は既存秩序を破壊する革命的な武器ではなく、グローバル金融が向かう方向を示す進化のシグナルに近い。今後の国際金融競争は、どの通貨を使うかよりも、資金がどれだけ速く・安全に・効率的に移動できるか に左右される可能性が高い。
象徴論にとらわれると、本質的な変化を見誤る。真の力の移動は、通貨そのものではなく、それを動かすネットワークの中で静かに進行している。